Oberheim Matrix 12
- 2009/06/26
久しぶりにオフィシャルレビューで取り上げるビンテージ・シンセサイザーは、Oberheim Matrix12(オーバーハイム マトリクス12)です。 実は、このレビューはミュージックトラックのオフィシャルレビューの初回を飾る予定でしたが、今までお蔵入りとなっていました。
さて、オーバーハイムですがご存じの通り、海外のシンセサイザーメーカーとしてはMoogに対してArp、Prophetに対してOberheimと言うように、何かと比較されがちな名機達の中で歴史を作ってきたメーカーの一つです。 ただ、これらの比較はハッキリ言って好みと使い道の問題でもあります。
現在は、ヴァーチャル・アナログ・シンセサイザーとして復活したOB-12(販売完了)を最後に、シンセサイザーメーカーとして活動しているのかどうかもわからない状況です。 商標自体はあのギターメーカーであるGibsonが所有しているらしいのですが、これには結構驚きです。
Moog、ARP、Prophet、YAMAHA、ROLAND、KORG、Oscer・・・過去に名機と言われた数々のビンテージ・アナログシンセサイザー達がプラグインのソフトウェアのシンセサイザーとして復活を遂げている中、このオーバーハイムだけはオリジナルの名称で復活していません。そのあたりの答えが、このメーカーのブランド方針に見え隠れしているのかもしれません。
さて、リアルアナログシンセサイザーであるMatrix12の紹介です。 1984年、オーバーハイム社より発売されたアナログシンセサイザーで、名前だけはみなさん知っていると思います。 内部の制御系はデジタル、ソフトウェアにより行われていますが、音源方式、フィルターの構成は完全なアナログで作られたアナログ・シンセサイザーです。
1ボイスあたり2つのVCOを搭載していて、12ボイスであることから何と全部で24のVCOを搭載しています。 鍵盤にはアフタータッチも装備していました。もちろん、MIDIも搭載されています。 何とゴージャスな。ちなみに、SCIのProphet5は2VCOで5ボイス・10VCOです。
マスター、プログラマーセクション
エディット情報が表示されるセクション
ディスプレイにパラメータが表示され、その下のボタン、ツマミを操作することによってエディットを行う方式。 とても操作しやすく考えられてます。 現在表示中の情報は、VCO1のエディット情報(ページ切替で様々な情報を表示可能)
フィルターに至っては、1, 2, 3, 4 poleのローパス、1, 2, 3 poleのハイパス、バンドパス、ノッチ、フェーズシフトなど15種類もの異なるタイプを搭載していました。 最近のソフトウェアではあまり驚きませんが、アナログシンセサイザーでここまでの種類を搭載していたのは驚異的です。
モジュールセクション
ここで操作するセクションをボタン選択(赤く点灯したセクションがエディット対象)
エンベロープはなんと5つも搭載しています。ただ、そのエンベロープはソフトウェアで制御していました。 これは、よく言えばMatrix12、弟分のExpanderはPAD、Strings、SoftBrass系の音は最高にイイ。 悪く言ってしまうと、電気信号で処理していたわけではなくソフトで計算していたので、それだけ音の立ち上がりが遅い (遅いという表現は、電気信号と比較した場合)ということになり、Jupiter8等が得意とするようなパーカッシブ系の音や、立ち上がりの早い音としては、少々不得意だったかも知れません。 そのあたりは、当時の80年代、90年代は音によってシンセサイザーを使い分けるという時代でもありました。
しかし、これだけのスペックがあれば悪い評価などは皆無であり、またその部分を補うかの如く、アナログシンセながら、FM(フリケンシー・モジュレーション)の機能も搭載されていたのです。 これで、金属系の倍音を作り出してアタック感を出すことで、十分補うことが可能だったのです。
もう一つの売りとして、機種の名前の通り、マトリクス(モジュレーション)。いわゆる、モジュレーションのパッチング機能が搭載されていました。 オシレータ、フィルター、エンベロープ、コントローラー系・・・あらゆるソースに様々な変調を掛けることが出来、音作りの可能性を飛躍的に向上させていました。 これは、制御部をソフトウェアにより行っていたために、このような複雑なシステムを実装することが出来たのでしょう。
ここでモジュレーションのソースを選択します。 これらのパッチをモジュラーシンセで行おうとすると全く想像付きません。
独特の逆方向ピッチベンド「レバー」とモジュレーション「レバー」 バネ式で戻る、まさにレバーの形です。
廉価版として、と言っても価格のレベルが違いますが、鍵盤部を取り、半分の機能にした6ボイス版であるモジュール、EXPANDERもラインナップとして揃っていました。 当時、記憶が定かではないですがMatrix12は98万円前後、Expanderは64万円前後だったような気がします。
Matrix12,Expanderには、日本版とUS版がありました。 日本版というのは、もちろん日本で製造されていたバージョンです。当時は、日本ハモンド社(現ハモンドスズキ社)が長野で製造していたと聞きます。
よくUS版と日本版の違いを言われますが、これは使用している部品の違いでもあります。日本製は部品調達を自国で行ってコストを下げようとしたのでしょうか、T社のチップを使っています。 このチップがどうのこうのではないでしょうが、壊れやすい傾向にあったようです。
その点、US版は「本物」だったのでしょう。当然使用しているパーツが一部異なるため、音の違いがあったようです。 電圧の違いもあるので、US版の音の方が太かった(太く聞こえた?感覚の問題かも知れません)のだと思います。
ちなみに、今回の映像に使用した機種は、日本製です。
とにかく、今の時代のシンセサイザーと比較して、音の存在感に圧倒されます。 デモで使用したモデルの状態もMINT状態で、とても安定していました。
なるべく楽器本来が持つ音を良質な音声でお届けしたかったため、今回特殊な機材は使用しませんでした。 ラインミキサーとして、YAMAHAのMG16にMatrix12を直接入力しています。 エフェクトに関しては、MG本体に搭載されているHALLリバーブを10%程かけて収録しました。 コーラス、モジュレーション系のエフェクトなどは一切使用していないので、PADなどのうねりは、アナログオシレータ本来のうねりです。
音とそのプレイをご覧下さい。
1番目のStrings系のPADの音を聴いてもわかる通り、エフェクトなどなくてもあのうねりや厚みが表現できるのです。この厚み、太さがアナログのサウンドです。
2番目のクラビ系の音は、FM変調を使ってクラビ独特の音を再現しています。アナログでもこんなデジタルのような波形を作れるのです。
3番目の音は、TOTOHornという名の通り、アフタータッチ付きのソフトブラス音です。 きっとどこかで一度は聴いたことある音だと思います。
各サウンドで、希にボイスがPANで振られて聞こえる箇所があります。 オーバーハイムの特徴として、各ボイス単位にPANを設定できるという設定があり、トリガーされる毎にボイスで指定された定位で音が出ているわけです。 今回はたまたま初期設定のミスで1ボイス分のPANがずれていました。
Mtrix12の発売以降、エントリー向け?にMatrixの名前を引き継いだMatrix-6やMatrix-1000が発売されましたが、これらはアナログですがチューニングの安定化を図るためにデジタル制御のオシレータを持つ、いわゆるDCO(Digital-Controled- Oscillator)というものです。 ROLANDの旧JUNOシリーズやKORGのPOLY61、最近ではその名前が復活して話題となっているProphet08などがそうです。
安定志向とコストダウンの結果なのでしょう。 とは言え、現在の全てが波形シミュレーションにより作られているヴァーチャルアナログシンセサイザーとは違い、電気的に発信されるアナログ機器は暖かく太い音がします。
さて、いかがだったでしょうか?デジタルの音が氾濫する時代の今、このような本物のアナログの音に触れる機会はなかなか無くなってしまいました。
まだまだやります!アナログレビュー。
著者: 氏家 克典